
3Dプリンタの普及により、設計・試作から量産工程に至るまで、製造業のプロセスは急速に進化しています。その中でも、フィラメントは3Dプリント技術を支える基盤素材として注目されています。とはいえ、「フィラメントとは何か?」と問われると、曖昧な理解のまま進めている方も少なくありません。
この記事では、3Dプリンタ用フィラメントの基礎知識から種類別の特徴、選び方のポイント、さらに簡易ダイキャストや石膏鋳造などとの違いまでご紹介していきます。
フィラメントとは
フィラメントとは、FDM(熱溶解積層法)タイプの3Dプリンタに用いられる熱可塑性樹脂の細長い線状素材のことです。プリンタ本体のノズルで加熱され、溶かされた状態で1層ずつ積み重ねることで立体物を造形していきます。
また、素材の選び方ひとつで、造形物の耐久性、見た目、加工後の仕上がりに大きな違いが生まれるのが特徴です。つまり、フィラメント選定は3Dプリント活用の成否を左右する「最初の一手」と言えます。
フィラメントが使われる3Dプリンタの基本構造
FDM型3Dプリンタは、以下のような仕組みで動作します。
・フィラメント供給部:ロール状のフィラメントが送り出される
・加熱ノズル(エクストルーダ):加熱されてフィラメントを溶融
・造形ベッド:層ごとに造形物を積層
この過程で素材に求められるのは、温度管理に対する安定性、積層の再現性、そして仕上がり品質です。素材の特性に合ったプリンタ設定や環境が必要なため、素材の理解が非常に重要になります。
フィラメントの主な種類と特徴
3Dプリンタの性能や成果物の品質は、使用する「フィラメント」によって大きく左右されます。素材の性質を理解せずに選定すると、試作段階でのトラブルや、顧客の要求に応えきれない提案につながる恐れがあります。ここでは、製造業における試作・設計現場で実際によく使われる主要なフィラメント素材について、その特徴や適した用途を詳しく解説します。
ABS(高強度・耐熱性が求められる部品に)
ABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)は、強度・耐衝撃性・耐熱性に優れた代表的なエンジニアリングプラスチックです。自動車や家電部品に使われることからも、その耐久性は折り紙付きです。
主な特性
・耐熱温度:約100℃前後まで対応可能
・後加工(切削・塗装・接着)が容易
・剛性と靭性をバランス良く備える
注意点
造形中の反りやすさが課題であり、安定出力にはヒートベッドと密閉筐体が推奨されます。また、造形中のにおいもやや強いため、換気対策が必要です。
PLA(手軽さと寸法安定性を兼ね備えたスタンダード素材)
PLA(ポリ乳酸)は、植物由来のバイオプラスチックであり、初心者から企業の開発現場まで幅広く使われています。高い寸法安定性と加工のしやすさが特徴です。
主な特性
・造形温度が低く(約190~220℃)、プリンタへの負担が少ない
・反りや変形が少なく、精度の高い試作が可能
・においが少なく、オフィス内でも使いやすい
注意点
耐熱性は60℃以下と低く、高温環境には不向きです。また、柔軟性や衝撃耐性も弱いため、機能評価用途には適しません。
PETG(透明性と耐水性を備えた万能タイプ)
PETG(ポリエチレンテレフタレート・グリコール変性)は、PETに柔軟性と加工性を加えた改良素材です。ABSとPLAの“いいとこ取り”とされる中間素材であり、近年非常に人気があります。
主な特性
・優れた耐薬品性・耐水性
・割れにくく、衝撃にもある程度耐える
・半透明な造形が可能
注意点
表面に糸引きが起きやすく、美観を重視する場合は出力条件の調整が必要です。
TPU(柔軟性が必要な部品に最適な素材)
TPU(熱可塑性ポリウレタン)は、ゴムのような弾力性を持つ柔軟な素材です。3Dプリンタで柔らかい素材を使えるという点では、他素材と一線を画します。
主な特性
・高い柔軟性と復元力
・耐摩耗性に優れ、繰り返し使用にも強い
・耐油性・耐寒性もあり、工業用途に対応
注意点
プリンタによっては押出が不安定になりやすく、TPU対応機種やスピード設定の調整が必要です。
用途別に見るフィラメントの選び方
3Dプリントの成果物には、デザイン確認用のモデルから、強度・精度が求められる機能試作品まで、さまざまな目的があります。ここでは、用途に応じたフィラメント選定の観点を整理します。
試作向けと量産向けでの選定ポイント
3Dプリントを用いた試作では、目的によって適切な素材を選ぶことが重要です。 デザイン試作では、製品の見た目や寸法の正確さが求められるため、PLAやPETGが適しています。これらの素材は反りが少なく、安定した造形が可能です。
機能評価試作では、耐久性が重視されます。衝撃や熱に強いABSやナイロンは、耐久試験や可動部品の評価に有効です。そして、量産を視野に入れた試作では、後工程(簡易金型や石膏鋳造など)への接続をスムーズにするために、素材の形状保持性や収縮率を考慮した選択が必要です。
精度・強度・コストのバランス
素材選定はコストにも直結します。たとえば「強度重視」の場合、ABSやPETGは適していますが、PLAに比べて造形難易度が高いため、条件設定や設備への配慮が必要になります。
3Dプリンタと簡易金型の使い分け
製品開発において、3Dプリントと簡易金型はどちらも重要な手段です。それぞれの特性を把握することで、より柔軟な提案が可能になります。
3Dプリンタで可能な加工範囲
・少量・短納期対応:1個単位から即日製作が可能
・複雑形状への対応力:内部空洞やリブ構造にも柔軟に対応
・モデル検討・営業用デモ・展示会試作品など、多目的に使用可能
簡易ダイキャストとの工程比較
・中ロット(100~1,000個)以上の生産に適する
・素材強度・量産後の品質安定性に優れる
・初期コストは3Dプリンタより高めだが、単価は量産効果で抑えられる
3Dプリンタは「設計検証フェーズ」、簡易ダイキャストは「量産手前の試作評価〜限定生産」といった段階ごとの使い分けが推奨されます。
まとめ
3Dプリンタで用いる「フィラメント」は、ただの材料ではなく、試作・設計・評価の質を左右する戦略的な要素です。素材の知識を学び、適切なフィラメントを選ぶことが重要です。